2014年8月6日水曜日

原民喜『夏の花』


原民喜『夏の花』を読む。
美しく淡々とした文体のなかに、人間の壮絶な苦しみが凝縮されている。苦しみ亡くなった人たちの声。置き去りにする流れに抗して、いつまでも立ち止まっ て、耳を傾けることを選ぼう、と思った。原民喜は、広島での被爆経験の年内に『夏の花』を執筆した。「今、ふと己が生きていることと、その意味が、はっと 私を弾いた。このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた」。この一
篇に宿るもの託されたものを受けとめて、生き方として考えよう。





2014年6月30日月曜日

V.E.フランクル『夜と霧』

 最近、V.E.フランクル『夜と霧』(霜山徳爾訳)を読了した。ユダヤ人心理学者による強制収容所での体験記録。貴重な記録であるとともに、生き方に示唆 を与えてくれる一冊。収容から解放までの日々と、囚人としての自分と仲間たちの心理状況を観察、分析し詳細に描写している。
 
―心身の痛みで極限状態のなか、冗談を言い合い、一日一切れのパンの食べ方に頭を悩ませ、生きぬくためのあらゆる工夫を重ねる。過度の疲労の中、愛する 人の像を想い声を聞く。そんな彼らの思考と心理を、素朴でリアルに記述しているので、その一瞬一瞬に近づき、気持ちが重なっていく。彼らと私が何ら変わら ぬ人間であることが感じられる。

 そして同時に、アウシュビッツの悲惨さを戦争や歴史を、まだまだ言葉や映像や数字だけで捉えていることに気づく。過去も現在も苦しみの中にいる多くの人々は当然ながら、我々と同じ心理と肉体と日常生活とを持ったひとりひとりであるということ。

 フランクルは、どんなに人間性が損なわれる状況においても、人生そのもの、「今」という瞬間は意味を持つと教える。人間であることをやめず、内的自由を持つ という決断がいかに生き残る力を与えたか(アウシュビッツではいかに困難な決断であったか)。囚人の仲間たちにも語り励ます場面があったが、読んでいる私 にも生き方の指針と、生き延びることの重さを教えてくれた。心理学が人間の生の地平、生き方の問題にも深く触れてくるということも、私にとって発見だっ た。


霜山徳爾訳の旧版は、70ページほどの強制収容所の詳細な解説と、写真図版を収録している。






http://ecx.images-amazon.com/images/I/519K62XTQHL._SX317_BO1,204,203,200_.jpg


































2014年4月15日火曜日

『弥生 vol.2』

弥生神社社報 『弥生 vol.2』

早いところお宮のHPを新しくしてアップできるようにしなくては。内容もデザインもまだまだ試行錯誤の社報、第2号。作り続けることが学びになるかな、と思います。

蚕影神社のルーツ
ラフカディオ・ハーンと神道のこと、
祝島「神舞神事」
図書紹介
シリーズ祭祀遺跡

…は、次号(以降)も継続したいです。 
ちなみに編集後記が長くなったのは、vol.1での「権禰宜日誌」と合体してしまった感じです。

2013年11月2日土曜日

南相馬市小高区にて


11月1日、宗教者災害支援連絡会の皆さんと、福島県南相馬市小高区の曹洞宗同慶寺にて清掃のお手伝い。その後、浪江町を案内していただいた。
小高区 は昨年4月より避難指示解除準備区域となり、現在日中の立ち入りのみ可能。同慶寺の住職一家、檀家さんは区外で避難生活を送っており、毎月1日と15日に 清掃結いを行っている。

快晴のもと、清掃やお茶をしながら、檀家さんから震災前の生活や現状、お気持ちなどたくさん話を伺った。ともに汗を流し、皆さん笑顔で楽しげに接してくださったことが嬉しく、楽しい時間だった。
 
活動後には、同慶寺の田中住職とボランティアガイドの語り部さんに、大悲山の石仏と双葉郡浪江町を案内していただいた。時間が止まったままの無人の町や 駅には、日常を突然に奪われ取り戻せない人たちの思いが重くのしかかっているように感じて、この現実を無視してはいけないと強く思った。

 
また、このたびは神職としての自分を意識する、大切な学びがあった。宿泊でお世話になった「カリタス原町ベース」さんのシスターたちや、教会でお会いし た司祭様、同慶寺の住職様に接するうちに、皆さんが発せられる言葉や態度、自然で柔和な笑顔と優しさに触れた。そして朝のミサやお寺での祈りの言葉に、震 災に対する共通する思いを感じた。夕刻に参拝した鹿島区の山田神社さんにおいても。
 

御縁を大切にしたい。また南相馬に行きたい気持もすでに高まっている。 
お世話になった南相馬の皆様、機会を作っていただいた宗援連の先生方に感謝致します。


浪江駅。駅前も震災の傷跡を残したまま。

 請戸漁港。福島第一原発から6K。遠方に煙突が見えた。

真野川河口の森の防潮堤。300名の市民、多くの子どもたちがた参加した植樹祭。苗木に祈りの言葉も掛けられていた。盛り土には震災瓦礫も埋められている。海と山、人々を分断するコンクリの高い壁ではなく森の防潮堤を作る意義を住職が語られた。



鹿島区の山田神社。 震災の津波で流失し、熊本から寄贈された鳥居と仮社殿。毎日参拝する地元の方がいらっしゃるそう。

2013年9月20日金曜日

ポート・ハーディ

旅程の最終に滞在したバンクーバー島最北の港町、ポート・ハーディ。現在でも大陸への船が出る港、そして19世紀以降、ヨーロッパか らの移民が辿り着き、根を下ろした土地。積み重ねた歴史と、人々の旅立ちの場というのもあってか、どこか情緒的な雰囲気が漂っていた。見過ごしてしま いそうな小さな博物館には当時の資料が豊富にあった。









観光案内所でいただいた冊子。北海道沼田町とは1993年から姉妹都市だったもよう。沼田市には、ポート・ハーディで彫られ、はるばるやってきたたトーテムポールもあるとか。

2013年7月13日土曜日

『海と大陸』

アルテリオ・シネマで、『海と大陸』を観てきた。
予告編の海の美しさに魅かれて観たのだけど…、地中海のイメージが変わった。シチリア島南方のペラージェ諸島。観光業と漁業のなかで揺れる島民、そこでの難民問題の根深さ複雑さが描かれる。映像とストーリーの光と影が、美しくも重くて。人々の無関心、世の矛盾、島の規則と良心との葛藤…。難民の母子をかくまった青年は、そんな島を覆う閉塞感を突破するように大陸へと船を出す。青年の成長する姿に重ねて、難民問題についての強いメッセージが込められている。母親サラ役を演じているのは、実際、この諸島に流れ着いた難民の女性で、悲しみを湛えつつ、生きる意志に満ちた目と、凛とした立 ち姿が印象的。濃縮された90分。

http://www.crest-inter.co.jp/umitotairiku/