2012年12月14日金曜日

正倉院の針と七夕

ある発掘報告書に参考資料で掲載されていた、正倉院の長さ35㎝()の銅針に驚いた。(長短二系あり、19,5㎝の銀針、鉄針も、包み紙と共に伝世。)
平安期の七夕の儀式、乞巧奠(きこうでん)で使われたそう。ふたつの星の逢瀬を眺めつつ、女性たちは織女にあやかって裁縫の上達を祈願したとか。平安期、約400年のなかで形態は変わったものの、針に五色 の糸を通し、酒や肴を供えたそうで、神饌や祭壇についても、さまざまな文献に記録が残っているもよう。


針一本から考古学と神道の世界が結びつく。日本人の願いや風習、営みにかかわるのだから当然だけれど、一種の謎解き?に似た感動がある。 正倉院の針は、奈良国立博物館蔵。観にいきたいなあー。

写真:『2012 板橋区志村城山遺跡第5地点 発掘調査報告書』(日電産コパル株式会社、共和開発株式会社)

 

2012年12月10日月曜日

『壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び』

川崎アルテリオシネマにて、『壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び』を鑑賞。( http://urayasu-doc.com/5cameras/ ←予告編)土地と家族への愛、怒りに満ちた圧倒的なドキュメンタリー。現地ジャーナリストが、子供の成長とともにパレスチナのビリン村を映した5年間の記録。

オリーブを摘み、海で戯れる幼い四人の息子と妻との時間や、何気ない会話。村人たちの陽気な祭りや子供たちが遊びまわる姿―。そんな風景と並行して、日常を襲う暴力と死が映される。イス ラエルの入植地が徐々に拡大し、ビル群が平穏だった農地にせまり、不当に突然に土地が家が奪われ…そして、村人たちの抵抗に兵士が火炎瓶を投げ、銃を向ける。奥さんが洗濯物を干す背後に銃声が響き、子供の目の前で兵士が発砲し、父親が連行される。子供たちの見開かれた瞳が、目を覆いたくなる大人た ちの暴力をじっと見つめ、恐怖で固まっている。こちらも目をそらすことはできないと思った。

「怒りを前向きにしていくのは困難」と、不安の中で抵抗運動を続ける村の男たち。それでも、「人生を愛している」と笑顔で子供たちを抱きかかえ、「絶望の中でも気力を失わない」、「この土地が家族を結び付けている」と語り、奮起する。フェンス前に立ち並ぶ兵士に向かって、「こんなに小さな村をどうする。」「この土地で生きてこの土地で死ぬ。」と、丸腰で訴えかける。そして、毎週の非暴力のデモは、法を味方に、区画壁の撤去という「小さな勝利」をおさめる。

それでも、村人たちへの抑圧は繰り返され、傷が癒える前に、次々と傷が重なっていく。「忘れてしまった傷は癒すことができない。だから映し続ける」と語る、 ジャーナリストのイマード・ブルナート。彼の命がけの仕事、抵抗運動の場に立つ気迫と、家族への優しいまなざし、ナレーションの言葉が心に刻みつけられる。

肉体や技術による力は、一見たやすく解決を導くかにみえるけれど、破壊や人の死といった物理的な終結でしかない。たとえば子供や母親の繊細で深い悲しみ、 他者の痛みに思いを寄せて、言葉と思想、理性によって地道に解決する方法を追求していくことが、多くの現実と歴史、先人からの学びに向き合うチャンスを与 えられた現代人の義務のようにも思う。心と頭の成長がないのは虚しい。