を観てきた。砂曼荼羅、タンカの美術展、仮面舞踏の特別公演、関連書籍やチベットの衣食の紹介や販売も行われていて、子供連れから御高齢の方まで賑わっていた。楽しみながらチベットの文化に触れつつ、その悲惨で重い歴史を心に留めて、チベットに思いを馳せる。音楽や出店で明るく賑わう境内と、静寂な祈りの場となっている本殿や展示場。主催者や協力している護国寺の、チベットをサポートする姿勢や企画力など、伝わってきた。チベットの森林伐採に関する冊子が置いてあり、政治の問題とともに深刻化する環境問題も報告されており、気になった。
2013年5月7日火曜日
2013年3月11日月曜日
宮本輝『草原の椅子』
宮本輝『草原の椅子』、一気に読了。両親に捨てられた5歳の少年と彼をめぐる中年男女3人の再生の物語。タクラマカン砂漠で少年が一歩を踏み出す描写に、電車の中で涙腺が緩んでしまった。
心根の綺麗な、子どもに生き方を示せる、ほんとうの「大人」に、自分は程遠いなーと考えてしまった。世を憂うよりもわが身を、と思わせる。久々に心にまっすぐ届く小説を読みました。
(高村薫『李欧』もそうだけれど、桃源郷のような異国、再生ものがたりに弱い…。)
心根の綺麗な、子どもに生き方を示せる、ほんとうの「大人」に、自分は程遠いなーと考えてしまった。世を憂うよりもわが身を、と思わせる。久々に心にまっすぐ届く小説を読みました。
(高村薫『李欧』もそうだけれど、桃源郷のような異国、再生ものがたりに弱い…。)
2013年3月9日土曜日
「神社と復興まちづくり」
昨晩は、「NPO日本都市計画家協会」さんの震災復興支援タスクフォース勉強会に参加しました。「神社と復興まちづくり」というテーマで、國學院大学の黒﨑浩行先生が、神社の基本知識と復興まちづくりにおける課題などについて講義され、私は、「復興支援を通して見た被災地と神社」ということで、町づ
くりと絡めてお話させていただきました。(主に、先の気仙沼、月浜訪問の報告です…地域における神社の様々な機能や、神社と地域の人々や産業、郷土との密
接なつながりなど。神社や神職のネットワークについてもお伝えしたかったのですが。荒削りになってしまいました。)
被災地で復興まちづくりに関わる都市計画家の方々が、神社に深く関心を持っていらっしゃること、このような勉強会を開催されることを、ありがたく感じまし た。同時に、神社に関わる我々が、復興の過程でもっと、神社の意義や意味を改めて考え、様々な場で発言していくこと、被災地の神社さんの声を伝えることが 必要なのではないかなと強く思いました。
神社界の方や大学生、院生の方々も参加され、議論も様々な方向に広がって、新鮮でした。会の後の食事会も、復興町づくりについて専門家の方々からお話が伺えて、とても貴重な機会でした。
被災地で復興まちづくりに関わる都市計画家の方々が、神社に深く関心を持っていらっしゃること、このような勉強会を開催されることを、ありがたく感じまし た。同時に、神社に関わる我々が、復興の過程でもっと、神社の意義や意味を改めて考え、様々な場で発言していくこと、被災地の神社さんの声を伝えることが 必要なのではないかなと強く思いました。
神社界の方や大学生、院生の方々も参加され、議論も様々な方向に広がって、新鮮でした。会の後の食事会も、復興町づくりについて専門家の方々からお話が伺えて、とても貴重な機会でした。
2013年2月13日水曜日
2013年2月10日日曜日
映画 『阿賀に生きる』
20年前に製作されたドキュメンタリー映画、『阿賀に生きる』を観てきた。
若い7人の撮影チームが3年間、阿賀野川沿いで共同生活をしながら、川と共に生きる地元の人たちの畑仕事を手伝い、酒を飲み交わしたりしながら撮った作品である。当時、全国の賛同者のカンパで製作が始まり、佐藤真監督のデビュー作として世に出され、数々のドキュメンタリー賞を獲得した。佐藤監督は、5年前に逝去。このたび風化したフィルムを復活させるプロジェクトで、再び上映の機会を得たそうだ。
フィルムの中、阿賀野川が基層低音のようにずっしりと緩やかに流れている。稲刈り、川舟づくり、餅つき、鉤釣り…、人々の身体や存在そのもの、雪の降る景色―、すべてが阿賀野川の流れとともに動いていた。そして、観てる私の”今”も同化していく気がした。ラストで撮影隊(画面には映っていない)が、老夫婦の穏やかな笑顔で見送られるシーンには、こちらも名残惜しくなって、しんみりとさせられるのだ。 けれど、ふとわれに返れば、ほんの20年前の映像が、懐かしさよりも遠い過去の記憶のように感じて、少し寂しいような複雑な気分におちいる。
また同時に、流れながらも重なって刻まれてく時間を、人々が築いてきた川辺の生活文化から、たわいのない会話から気づかされるのだ。風や水、気候、自然を読み、扱う技術―。自然への感謝と畏敬。船出の神事の祝詞には、人々の川への思いと、船づくりを教え教えられる人間のドラマがよみこまれていて、じんわりと心に沁みた。
そして、『阿賀に生きる』で映された水俣病―。彼らが被害を訴えるシーンはほんのわずかしかない。未認定患者だというおばあちゃんは、変形した手を出して、使いものにならんと言う。向かい合うおじいちゃんは、感覚がなくて大火傷した足を見せて、よう出かけられん、と言う。世間話のように生活の不自由さを言い合う―。工場操業時に、 強烈な匂いがしたという有機水銀の垂れ流し現場も、皆の生活の川である。日常に見え隠れする、公害の怖さ、被害者の怒りとやるせなさ―。原発事故で生きる土地を損なわれ、不安に覆われた福島の状況を重ねずにはいられない。多くの痛みを内包しているドキュメンタリー。
『阿賀に生きる』公式HP→ http://kasamafilm.com/aga/
2013年2月9日土曜日
シンポジウム「3.11後の日本社会と宗教の役割」
被災地で支援活動をされてきた宗教者の方々の報告、そして仏教、神道、キリスト教、新宗教といった信仰や組織の枠を取り払った議論から、このテーマにおける宗教界の課題、それに向き合う私自身の立ち位置なども考えさせられた。
なかでも、移動喫茶「カフェ・デ・モンク」を携え、各地の仮設住宅で傾聴活動を続けられた、金田住職のお話には学びが多かった。 強い御意思を持ちながら被災者の方々に寄り添う姿は、ユーモアがあって柔らかで温かかった。
被災地の活動の場では、意識的に宗教色を排除するという。だが、「傾聴」は、あくまでお寺での普段の仕事と同じであることを強調されていて、宗教者だからこその活動でもあると感じた。実際、宗教者の傾聴は、相手と立場を一体化する点で、立場的に相対して傾聴する、カウンセラー職の方々とは異なると語られた。…「共感」ということか。
また、お地蔵様のような習俗化した資源、その 土地の精神風土に基づく宗教的資源が、人の心にいかにすーっと入り込み、安らぎを与えるかということにも驚かされた。紹介された地蔵づくりのボランティア、亡くした家族を小さなお地蔵様に重ねて涙を流す人たちの姿には胸を打たれた。
一方で、他のボランティアとの連携や、訪問の時期やタイミングにとても神経を使っていること、現地の宗教者の方々への気遣い、また、震災直後の弔いの活動などが前提にあることなど、気持ちや勢いだけではできない活動の困難さがあり、的確で冷静な判断力や行動が求められると知った。
住職が力強くおっしゃっていたこと― 徹底的な現場主義からたちあげていく宗教観―。では、そのなかで宗教史上の先人たちの教えや古の人々の積み上げてきた宗教的な伝統や慣習、思考を、どう生かして新たに紡いでいくのか―。宗教はその意味で、歴史のうえでの生きモノのように思う。そして、「場所性」。 生死の境のような「宗教的なもの」が強く発されている東北の地で、しかもこの状況下、自分の中での宗教性がぼんやりと輪郭を現したかもしれないが、はて日常を過ごす地域に戻ったら…。 いずれも信仰の普遍性ということに思考が至った。
そして最後に、何より、現場に赴く宗教家の方々の言葉から、未来が一瞬で 絶たれてしまったひとつひとつの命を思うこと―、ひとつひとつの人生、物語に耳を傾けること―、ときに見失われてしまうこの視点が、宗教者にとって、ぶれてはいけない大切な ことであると教えられた気がした。
また、篠原さん(世界宗教者平和会議日本委員会仙台事務所所長)による「政教分離」や「公共性」への踏み込んだ解釈から、論点がより明確にできたのも収穫 だった。将来の街づくり、社会の仕組みづくりへの積極的な参画、「宗教性」を発揮する努力をすべきとの提言には、子供たち、次世代へ目をむけることの重要性を含んでいて、それを切実に受けとめた。
ラジオ版「カフェ・デ・モンク」の記録→ 『ラジオ・カフェ・デ・モンク』
| 大正大学。大正15年設立。明治18年設立の天台宗大学が前身。建学の精神は「智慧と慈悲の実践」とあります。 |
森住卓 写真展「風下の村」
2月9日、森住卓さんの写真展『風下の村』を観てきた。
福島第一原発の事故で汚染されてしまった飯館村の記録。ハッとするほど美しい村の雪景色や、当たりまえの ように生まれでるタラの芽の存在感に、土地が汚されていく理不尽さをいっそう感じた。仕事も畑も牛も日常も失ってしまった飯館村の人たちの怒りや悲しみ が、その目から後姿から全身から、痛いほど伝わってくる。痩せこけて死にゆく牛たちの姿から、われわれは生命や生活について根本から省みなければならない と、迫られる思いがした。
新宿、コニカミノルタにて今月12日まで。
ちなみに数年前の展示で購入した、森住さんのパキスタン カシミールの人々を写したカレンダー、「山の民の祈り」を、(日にちの部分を張り替えながら、)毎年部屋に飾っている。風土と一体となった人々の内奥まで 写すそのまなざしが、とても真剣で優しい。雄大な温かなものに包まれた気もちになれるのです。
森住卓 写真集『風下の村』
森住さんのフォトブログ→http://mphoto.sblo.jp/
福島第一原発の事故で汚染されてしまった飯館村の記録。ハッとするほど美しい村の雪景色や、当たりまえの ように生まれでるタラの芽の存在感に、土地が汚されていく理不尽さをいっそう感じた。仕事も畑も牛も日常も失ってしまった飯館村の人たちの怒りや悲しみ が、その目から後姿から全身から、痛いほど伝わってくる。痩せこけて死にゆく牛たちの姿から、われわれは生命や生活について根本から省みなければならない と、迫られる思いがした。
新宿、コニカミノルタにて今月12日まで。
ちなみに数年前の展示で購入した、森住さんのパキスタン カシミールの人々を写したカレンダー、「山の民の祈り」を、(日にちの部分を張り替えながら、)毎年部屋に飾っている。風土と一体となった人々の内奥まで 写すそのまなざしが、とても真剣で優しい。雄大な温かなものに包まれた気もちになれるのです。
森住卓 写真集『風下の村』
森住さんのフォトブログ→http://mphoto.sblo.jp/
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