2012年5月6日日曜日

江戸人のポートレート

フェリーチェ・ベアト(1831~1905)は、イタリア生まれのイギリスの写真家。クリミア戦争、セポイの反乱をはじめ中国、ビルマといったアジア各国の紛争地を撮った従軍写真家でもある。

東京都写真美術館の企画展では、1850年代から1900年代初頭の作品までが並び、彼の仕事の足どりがわかる。東アジアでの作品が中心だったが、初期作品の「モリヤ山とオマールのモスク」(1857年)などは、当時のエルサレムの建物群のようすが写され、興味深かった。

1863~1884年の約20年間、ベアトは日本に滞在し、歴史の過渡期にある日本のさまざまな姿を撮った。現在と変わらぬ鶴岡八幡宮、店の暖簾や看板が立ち並ぶ厚木の路上、江戸のパノラマ写真や長崎の住民街など、当時の風俗がわかる作品は貴重な記録である。彼の写真に写る物見櫓が、江戸のとある遺跡発掘調査の参考になったという話も聞いた。下関砲台を英国海軍部隊が包囲した一枚は、覚えていないが、歴史の教科書に載ったそうだ。事業家でもあったベアトの目的はなんにせよ、歴史の一大事件から徐々に目線を下げ、庶民の生活を写す視界の広さに感心する。
 
はっとしたのは江戸の人々のポートレートである。侍や女性たちの「どこか」をみつめる視線に惹き込まれた。日本人ゆえのものすごい親近感も加わり、彼らの生身を感じてしまった。


「目に宿るもの」…眼差しから感じる他者は、言葉や肉体、製作物、他の何からのそれとも違っていて強烈だ。日常のコミュニケーション、そして歴史や考古の世界でいう、過去の一個人を感じること、身体性を抽出することの意義とあわせて、そんなことを思った。

ふと思い出したのは、広島平和記念公園の「祈りの空間」のフロアに並ぶ遺影―もの云わぬ人たちの視線―その前に立ちつくしたときの感覚である。


スミソニアン協会のリサーチ情報システムに、フェリーチェ・ベアトのフォトカタログあり。


  余談だが、同時開催のロベール・ドアノーの生誕100年記念展はとてもよかった。完璧な構図にストーリーが内包されているようで、映画のワンカットとして観た。黒い背景の下隅にエディット・ピアフが小さく写る一枚は、暗黒の美しさが際立っていて、釘付けになった。子供らや若者が飛び跳ねる一瞬をとらえた一枚には、息が止まった。躍動しながら静止している。パリ市民のポートレート。

ドアノーの作品が観られるHPあり。



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